ガチャから雄火竜  ラニャーニャ村のカク 「サービス終了記念スペシャルガチャ」 朝はまだ七時半の出来事である。 その少年は、あまりにも早く高校に着き過ぎたために、自席に座り、ヒマをつぶそうとスマートフォンを取り出して操作していた。 彼が起動したのは、「オトモンドロップ モンスターハンターストーリーズ」というゲームアプリである。このゲームは題名の通り、大人気のハンティングアクション「モンスターハンター」シリーズからスピンアウトした、ゲームに登場するモンスターを仲間にして戦うRPG作品「モンスターハンターストーリーズ」を題材としたパズルゲームだ。 しかし、セールス的に振るわなかったのか、今年10月にサービスが終了されることが8月の末に発表された。 この少年もモンハンストーリーズ自体にはあまり興味はないが、モンハンシリーズは好きなのでなんとなくインストールして、そこそこ遊んでいたのだ。 とは言ってもそこまで真剣に遊んでいなかった上に、サービス終了が発表される少し前からは、まったく新しいコンテンツが追加されずに同じイベントを使い回しているだけだったので、こちらとしてもやる気が無くなってログインすらしなくなっていたのだが… もうすぐサービスも終わるわけだし、久々にログインしてみてもいいかな、と思っただけだった。 アプリを起動して(久々の起動のはずなのに新データのダウンロードは一切なかった)フレンドランキングの画面(フレンドにスタミナを送る画面も兼ねている)を開いた彼は苦笑した。以前は数人が毎週ランキングの記録を更新していたのだが、今見て見たら全滅、スコア覧には0の数字が並んでいた。 いくらなんでも過疎り過ぎだろ、と思いつつ、続いてガチャ画面を開いた。 このゲームには、昨年末頃から、1日1回無料で引けるガチャが実装されている。 とはいえ、レアリティの高いオトモン(モンスター)が引ける確立はかなり低く、コモンなオトモンばかり出て来るので、少年にとっては毎日ログインしてまで欠かさず引きたくなるようなものではなかった。 しかし今回はせっかくログインしたんだからと、運試し代わりに1日1回無料ガチャを引いて見ることにした。 冗長なガチャ演出はいつもの通りスキップする。 そうして出てきたのは……予想を裏切ってガチャから出る最高レアリティ、Sランクのオトモンを意味する金色のタマゴだった。少年は内心おおっと興奮しつつ、親指でタップして画面を次に進める。 「タマゴからリオレウスが生まれた!」 今回はモンハンの看板としておなじみの、赤と黒の2色の鱗と大きな翼に鈎爪をもつ火竜リオレウスが当たったようだ。 いい感じだな。そう思いながら少年はスマートフォンを黒くて鋭い爪でタップしようとした。 …あれ? 何かがおかしい、と少年は視線の先をスマートフォンの画面からそれを握る指先に移す。 スマートフォンを握っていた両手は、いまや翼爪といってもいい異形のものへと変り果てていた。そればかりか、彼の2本の腕はまるで翼のような形に変り、皮膚も彼の肌色の皮膚ではなく、まるでリオレウスのもののような赤い鱗で覆われていた。伸びた翼の骨格の内側には、特徴的な黒い模様が入った、翼膜が広がっている。そんなリオレウスの翼が、腕の代わりに、彼の高校の制服である、半袖のワイシャツから顔を覗かせている恰好になっていたのだ。 「うぇっ?!」 少年は思わずスマートフォンを手から落とした。正確には、彼の手指は既に爪と翼になってしまい、既にスマートフォンを握れない形状へとなっていて、自然と床に落ちてしまったのだ。 「うわぁあああああアァァッ!?」 自分の翼を眺めて戸惑い立ち竦む少年だが、変化は無慈悲にも進んでいく。 まずは身体全体が前傾姿勢になり、脚の形も変わっていく。人間のそれとは明らかに異なる、まるで獣の後脚の骨格のように形状が変化した脚は、外側の全体が赤く、付け根から膝にかけては一筋の黒い鱗でおおわれ、次第に太く、大きくなっていく。そしてその先端の足も既に人間の足ではなくなっており、前には3本、後の内側にも1本突き出た指の先にはやはり翼のものと同じ黒く鋭い爪が生え、彼が履いていた丈夫なローファーをいともたやすく内側から引き破り、教室のフローリングをしっかりと踏みしめていた。すでに制服のズボンは、後脚の膨張に耐えきれずにぼろぼろと破けた姿になってしまっている。 こうして彼の下半身はかつてズボンだった布切れを纏っているだけの格好になってしまったのだが、その布切れが纏わりついているのも人間のやわらかな皮膚ではなく、固くすべすべとした竜の皮膚だった。竜の皮膚は両足の赤い鱗に包まれていない部分にも広がっている。 下半身に続いて変化が始まったのが背中だ。まずは側面から赤い鱗が生え揃い、そして中央、背骨のラインに沿って段々と青黒い鱗が生えていく。黒い鱗はやがて刺々しい印象を与える段をなした。尻の方まで鱗が生え揃うと、今度は彼の身体に新たな部位が現れ始めた。少年が今まで感じたことの無い、なんともむず痒い感覚と共に文字通り「生えてきた」尻尾は、背中と同じように上部は鱗におおわれ、裏面もほかの部位と同じベージュ色の竜の皮膚でカバーされていた。側面にはいくつかの白っぽい棘が左右それぞれ3対生え、そして尻尾の先端には赤く大きな棘ができあがった。ゲームでリオレウスが毒を分泌する部位である。 それまで感じたことも無い感覚に戸惑い怯える少年は、生えてきたリオレウスの尻尾をだらんと垂れ下げていたが、変化は無事だった彼の上半身にも及び始める。 なんとか形を保っていたワイシャツのボタンが弾け飛ぶ。彼の胴体から首にかけてが太く、均一な太さになり、その膨張にシャツが耐えられなかったからだ。はだけてしまったシャツの全面からはやはりベージュ色の竜の皮膚が覗かせている。外からは見えないが、ワイシャツの下の背中全体も下半身と同じ鱗が生え並んでいる。 そしてとうとう、唯一彼の人間らしさを残していた頭も、徐々に形を変え始めた。 耳はまるでエルフのように尖り、顎とともに顔は前方向に伸びていき、なだらかなマズルを形成していく。顔の周りは赤い鱗がびっしりと生え、正面から向かって左右と真中には黒い鱗がラインを作り、後頭部はその黒い鱗に沿って尖っていた。顎の横には、なにやら左右両方に赤い鱗の平べったい突起がついていた。 「ああァッ……グァアアアアッ!!」 少年は変わってしまった形の口を大きく開けて唸り声を上げた。その口の中には小さいながらも鋭利な牙が生えている。 大きく見開いた目の瞳孔は真紅に染まり、瞳は細くなり恐ろしい竜の瞳へと変わった。 「グァアッ、ガァアアアアアアアアッ!!!」 こうして、少年は1頭の小さなリオレウスへと姿を変えてしまった。 ようやく変化が収まったリオレウスは、先ほどまで手にしていたスマートフォンを探して、両方の翼を器用に使って取りあげた。 「……ガアッ…?」 大きな顔で画面を覗き込んだリオレウスは、その画面がおかしな表示に切り変わっていることに気付き、首を傾げた。 『サービス終了記念スペシャルガチャ  この画面が表示されたライダー限定!  出現したオトモンに変身できるぞ!  一人1回無料、引き直しも可能!』… リオレウスはようやく理解した。変身の前に引いたのは1日1回無料がチャではなくこのおかしなガチャで、そのせいで俺は変身してしまったのだ。 引き直しも可能ってことは、対価(ゼニーとか、ガチャチケットであるモンスターの巣の地図とか)を支払ってもう1回ガチャを引けば別のモンスターになれるということだろうか。でもそれでもう1回引いてポポとかアプトノスとかになっちゃったら嫌だな。リオレウスのままでいいかな、リオレウスって結構かっこいいし。というかいつの間にこんな新要素実装してたん… ガラッ 「おはようございまーす…って、何コレ?!」 「ガァッ!?」 そんなことを考えながら、リオレウスが彼のリオレウスの姿を受けいれようとしている間に、ふいに教室の戸があいて、担任教師が朝の挨拶をしてきた。 教師の目に映ったものは、学校指定のワイシャツを羽織った、レウス…?とかなんとかいう真っ赤なドラゴン、モンハンというゲームのモンスターの姿である。 この先生はモンハンのことをあまり知らない。この姿のことをどう説明すればいいのか、そもそもこんな姿で人間の言葉は話せないからどうやって先生と意志疎通を計ったらいいのか。 というか、授業はどうすればいい?ワイシャツを着たリオレウスが高校の教室でノートを取るという愉快な光景が繰り広げられることになるのだろうか?そもそもこの翼でどうやってシャーペンを持てばいい?そういえば今日は武道の時間もあったな、果たしてこのリオレウスは剣道の防具を身に着けられるのだろうか?帰りの電車は?この身体は帰宅ラッシュの満員電車にはとても収まりそうに無い。リオレウスだから空を飛んでいけばいいのか?家に帰ったら、家族にはこのリオレウスの姿をどう説明すればいいのだろうか? 「ガァァッ…」 あれこれ思案したとしても、これからどうすればいいのかがわからなかったリオレウスは、その場で縮こまることしかできなかった。 ガチャから雄火竜 完